
おはよう。今朝の一言です。
魂→心→情。この連鎖がどの様に動くものか。20年来の思索です。
ようやく情が発動するプロセスに仮説が持て、心の動きの多様性に一定の普遍的な原理を語れるようになりつつあります。
心という言葉を、45歳までは使わない。そう決めたのは20代の後半でした。
それは心の問題ですね、やはりやる気の欠如が課題です。何気なく心とかやる気とか、分かってもいないのに結論づけるコンサルタントの多さに唖然としていた頃です。
そこに逃げるな!、と歯軋りするほど強く思ったものでした。
心って何?、そう質問すると、泡のように実態のない言葉の羅列。とるに足らない大人とはこういう人たちだと強く憤慨したものです。
せめて人生の半分を生きるまで、分かった様な事は言うまい。そんな覚悟でした。
もちろんまだまだ何も分かってはいないのですが、ぼんやりとした仮説は何時も頭のなかで変態し続けています。
大きな心の動きの衝動は、真善美への憧れと、懐かしさにある。その気づきから思索は深まったように思えます。
今日もナパでの記憶を振り返りつつ、思索を繰り返す時間でした。儚くも、健気で、逞しい人間の命。
その輝きとは何か。何時も自問し続けているテーマです。
日本に帰る日、その朝は寂しいような、安心したような不思議な気分です。
スキップを踏んで帰りますね!。留守中、色々とありがとうございました!。
では、今日も一日ガンガン学びましょう!。