2026-9-30

おはよう。今朝の一言です。
北の大地で倉本聰さんの訃報を目にすること。
人間学研究会で倉本さんの思想を語ってから、ほんの3ヶ月での事でした。
全てが必然の連鎖とすれば、長年胸に抱いてきたこの言葉を、会員に伝えるための会だったのだと思えます。
「自分は親から金とか財産とか、そんなものは何一つ受け取らなかった。
しかし、そんなもの以上の計り知れない何かを受け取っていたのではないか…」。
倉本さんはふと、その事に気づいた時に、「うろたえる自分」を強く認識したと書いています。
ドラマ「北の国から」のなかで黒板五郎の生き方を観ていた頃、もちろんそんな言葉も倉本聰の思考も知りませんでした。
果てしなき徹夜が続き、かといって愚痴らず、不貞腐れずを心に決め、未来の自分に思いを馳せていた頃。
毎週、その時だけは会社や出張先からダッシュで帰り、テレビの前に座りました。
あの時に心が震えたのは、黒板五郎が子供たちに伝えようとしていた「何か」。
その何かにこそ、人間の真実があるのだと、渇いた心が求めるよう言葉を追っていたと感じます。
人間にとって、最も大切な真実とは何か。
生きるということ、そこに向けた知恵、その知恵で結び合う仲間。切実に、24才の若者の胸に迫ってきました。
考えてみれば、この歳になって少しは日本の未来に言葉を届けられる立場になって、黒板五郎の言葉の意味、人間の真実の深層を恩返しのように語る私がいます。
あの一つのドラマが、未来の私たちに対して発している問いに、心を向けなければと思っています。
金銭価値を超えて、我が子に我が身を以て、伝えたい何か。
SY人として、とことん考えなければね!。
では、今日も一日ガンガン学びましょう!。
投稿者: syworks 日時: 2026-9-30 | パーマリンク